sports betting

ブックメーカー(Sports Bet)とは

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ブックメーカーとは簡単に言うと、ヨーロッパなどの海外に拠点を置く政府公認の賭けの胴元のことです。

主にスポーツの競技の勝敗を予想して、お客に対してオッズを提示し、お客の投票を募って、その結果によって勝者に掛け率に応じて配当するものです。

英国を中心とした欧州やアメリカ、カナダ、シンガポール、オーストラリアなどではブックメーカーはとてもメジャーで、株式上場している大企業が政府の事業許可を受けて行っているところもあるくらいなのです。

怖いところが運営し、お金がちゃんともらえるのかという心配をされる方が多いかもしれませんが、ご安心下さい。

イギリス大手ブックメーカーはテニスの豪オープンのオフィシャルベッティングパートナーでもあります。

日本で例えるなら、日本中央競馬会のような国が認めた公営の賭けごとになります。

競馬と同じと考えると一気に安心感が出るのではないでしょうか。

日本ではまだまだ聞きなれないかもしれませんが、世界的にみてもブックメーカーは安全に行われていると言っても良いでしょう。

【ブックメーカーの賭けの対象って?

ブックメーカーの賭けは世界中の様々なスポーツが対象となっています

サッカー

欧州各国をはじめ、世界中の主なリーグ、カップ戦が対象となっています。

更に多くのブックメーカーがJリーグも扱っており、ワールドカップ・コンフェデ杯・チャンピオンズリーグ・アジアカップなど国際大会ももちろん扱っています。

テニス

全豪オープン。全仏オープン・ウィンブルドン・全米オープン4大会などの世界中の大会が対象となっています。

バスケットボール

NBAをはじめ、欧州各国のリーグが対象となっています。

アメフト

アメフトはブックメーカー業界の中で、最も賭けている人口が多い競技の1つとなり、NFLのシーズン中は大量のオッズが用意されます。

野球

MLBがメインですが、韓国や日本のプロ野球のオッズを扱っているメーカーもあります。

ゴルフ

全米・全英オープンなどの4大大会などの海外の大会が対象となっており、ブックメーカーの中でも特に人気のあるスポーツとなります。

その他にも、アイスホッケー・バレーボール・ハンドボール・ラグビー・ボクシングなど、様々なスポーツが対象となっています。

誰もが1度は見たことがあり、触れたことのあるスポーツばかりが対象となっていますので、安心感もグッと上がるのではないでしょうか。

ちなみにスポーツ以外にも

・次の大統領は誰が選ばれるのか

・イギリス王室のプリンセスの名前は

など様々な事象も対象となっています。

日本のテレビなどでも、ブックメーカーのオッズはたびたび紹介されていますので、私たちの身に近い存在でもあるのです!

ブックメーカー (Sports Bet) はライセンスを取得している?

ブックメーカーはライセンスが無ければ運営できませんので、ご安心ください。

その国の政府が第三者機関を通し、厳しい審査があり、ライセンスを発行しています。

ライセンス発行と聞くと安心してブックメーカーを利用することができるのではないでしょうか。

ブックメーカー (Sports Bet) の始め方はどうしたらいいの?

ブックメーカーがなんとなく分かってきたら、あとは始めるのみ!

ブックメーカーの始め方をご紹介いたします。

1.ブックメーカーのアカウントを作る

あなた専用のブックメーカーのアカウントを作る所から始まります。

パソコンでもスマホでも簡単にアカウントを作ることが可能です。

2.ブックメーカーへの入金手段を選ぶ

ブックメーカーには様々な入金手段がありますが大きく分けて以下の3つがあります。

・イーウォレットと呼ばれるネットバンクを使っての入金

・クレジットカードやデビットカードでの入金

・仮想通貨を使っての入金

3.ブックメーカーに入金する

ブックメーカーの入金手段について理解した後は実際にブックメーカーに入金してみましょう!

入金方法はブックメーカーによって異なりますので、登録したブックメーカーの入金方法は事前に確認しておくことをオススメいたします。

4.ブックメーカーで賭ける

ブックメーカーに入金が完了したら実際に様々なスポーツなどで賭けを楽しみましょう。

5.勝ったお金を引き出す

ブックメーカーで見事勝利をしたらあとは勝利したお金を引き出すだけ!

まとめ

ブックメーカーについてご紹介しましたが、代表的なスポーツばかりが対象になっていることが分かっていただけたかと思います。

好きなチームを応援するのと同時にブックメーカーで賭けてみると2倍スポーツ観戦が楽しめるかもしれません!

まだ始めていない人は是非ブックメーカーを始めてみてはいかがでしょうか!

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クイーンステークス 競馬

クイーンステークス|歴代優勝馬・競馬予想

クイーンステークスの概要 クイーンステークスは、1953年に施行されてから東京競馬場と中山競馬場の芝2000mの間で何度も開催競馬場を変更され、秋季に開催されていました。 1980年以降は中山競馬場で施行されていました。(1988年新潟競馬場開催除く) 1984年にはGⅢに格付けされる。 1991年からはエリザベス女王杯の優先出走権が、本レース3着以上に入線した馬に与えられました。 1996年に秋華賞が新設されると、距離を芝1800mに変更され、秋華賞のトライアルレースに指定された。 2000年の牝馬競走体系整備によって施行競馬場を札幌競馬場に変更し、競走条件を4歳以上の牝馬に変更される。 現在ではエリザベス女王杯・秋華賞を目指す馬が、毎年好レースを展開しています。 ⁂競走条件 *出走資格ーサラ系3歳以上牝馬 *日本中央競馬会所属馬 *地方競馬所属馬 2頭まで *外国調教馬 優先出走7頭まで ⁂負担重量ー別定 3歳52kg、4歳以上55kg ...
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新潟大賞典

新潟大賞典|1979年からの歴代優勝馬・予想

新潟大賞典 1977年まで、福島競馬場で【福島大賞典】のレース名で開催されていましたが、翌1978年に福島競馬場の馬場改修工事が行われ、新潟競馬場に振り返られた【新潟ステークス(第12回福島大賞典)】として開催されたのを機に廃止されました。 1979年に現4歳以上の馬による重賞レースとして本レースは創設されました。 1984年のグレード制導入によりGⅢに格付けされました。 例年本レースは、フルゲートになり大荒れになることがよくあります。 競走条件 出走資格:サラ系4歳以上 *日本中央競馬会所属馬 *地方競馬所属馬ー2頭まで *外国調教馬ー優先出走8頭まで 負担重量ーハンデキャップ戦 賞金 1着 4100万円、2着 1600万円、3着 1000万円、4着 620万円、5着 410万円 歴史【年表】 1979年現4歳以上の馬による重賞レースとして創設。1984年グレード制導入によりGⅢに格付けされる。1985年福島競馬場の芝2000mで開催。1990年福島競馬場の芝2000mで開催。1995年福島競馬場の芝2000mで開催。2000年福島競馬場の芝2000mで開催。2001年馬齢表示変更により、出走資格を4歳以上の馬に変更される。福島競馬場の芝2000mで開催。2005年外国調教馬が4頭まで出走可能になる。2009年外国調教馬が8頭まで出走可能になる。2011年【被災地支援競走】の副称を付けて開催される。2020年新型コロナウイルスにより無観客競馬で開催される。 ...
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競馬 金鯱賞

名古屋のシンボル【金鯱賞】の歴代優勝馬と歴史

金鯱賞の概要 翌年の1966年からハンデキャップ戦となり、1970年には小倉に舞台を移し本年のみ【博多ステークス第6回金鯱賞】のレース名で芝1800mのコースで開催された。 1971年には再び舞台を新設された中京競馬場の芝1800mで開催され、1974年にはレース名が【東海テレビ杯金鯱賞】に改称された。 1984年にはグレード制導入によりGⅢに格付けされる。 負担重量は1966年から1995年まではハンデキャップ戦で、1996年に格付けがGⅡになり、ハンデキャップ戦から別定戦に変更になり距離も芝2000mに延長された。 【宝塚記念】へのステップレースにもなり、2012年からレース時期が11月・12月になり【有馬記念】のステップレースにもなっていたが、2017年に【大阪杯】がGⅠ昇格に伴い本レースの開催時期が3月に変更になり【大阪杯】への前哨戦になった。(本レース優勝馬に大阪杯への優先出走権が与えられる。) 出走資格ーサラ系4歳以上(未勝利・未出走馬除く) *日本中央競馬会所属馬 *地方競馬所属馬 大阪杯の出走候補馬(3頭まで)に優先出走が認められている。また、地方競馬所属馬は本レースで2着以内の成績を収めた馬に大阪杯の優先出走権が与えられる。 *外国調教馬(9頭まで、優先出走) 負担重量ー別定 56kg、(牝馬2kg減) *2019年3月10日以降のGⅠレース(牝馬限定レースを除く)優勝馬2kg増、牝馬限定GIレースまたはGⅡレース(牝馬限定レースを除く)優勝馬1kg増 *2019年3月9日以前のGⅠレース(牝馬限定レースを除く)優勝馬1kg増(2歳時の成績を除く) 金鯱賞の賞金 ...
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ダイヤモンドステークス

競馬予想|ダイヤモンドステークスの過去優勝馬・歴史

ダイヤモンドステークス 開催競馬場は当初は中山競馬場で行われていましたが、1987年から東京競馬場で開催されるようになりました。 また距離も、当初は2600m、1965年から3200m、2004年には3400mと徐々に延長されて、日本中央競馬会のレースでは【ステイヤーズステークス】に次ぐ長距離となっています。 東京競馬場の芝3400mで行われる本レースは、東京競馬場の最長距離で長距離馬が戦うマラソンレースと言えます。 負担重量も創設時は別定でしたが、1952年からハンデキャップ戦となっています。 ダイヤモンドステークスの年表 1951年現4歳以上の馬による重賞レースとして第一回が中山競馬場の芝2600mで開催される。1952年負担重量がハンデキャップに変更される。1953年副称【皇太子殿下御成婚祝賀】を付けて開催される。1956年東京競馬場の芝2500mで開催される。1972年馬インフルエンザにより5月21日に開催される。1981年~ 1983年東京競馬場の芝3200mで開催される。1984年GⅢに格付けされる。1984年~1986年中山競馬場の芝3200mで開催される。1987年この年から東京競馬場の芝3200mで開催されるようになった。1992年外国産馬が出走可能になる。2001年競走条件を4歳以上の馬に変更される。2003年中山競馬場の芝3200mで開催される。2004年距離が3400mに変更される。2006年外国調教馬が4頭まで出走可能になる。2009年外国調教馬が8頭まで出走可能になる。2020年地方競馬所属馬が2頭まで出走可能になる。 ダイヤモンドステークスの賞金                 1着 4100万円、2着 1600万円、3着 1000万円、4着 620万円、5着 410万円 ダイヤモンドステークスの歴代優勝馬 回数施行日競馬場距離優勝馬性齢タイム優勝騎手調教師第1回1951年4月8日中山2600mコマオー牡502:52.3橋本輝雄久保田彦之第2回1952年4月13日中山2600mイカホダケ牡502:51.1二本柳俊夫斎藤籌敬第3回1953年4月19日中山2600mタカハタ牝402:44.4保田隆芳尾形藤吉第4回1954年4月11日中山2600mミネノスガタ牡402:43.3坂本栄三郎橋本輝雄第5回1955年4月17日中山2600mタカギク牡402:53.4二本柳俊夫杉浦照第6回1956年4月15日東京2500mオートキツ牡402:37.2二本柳俊夫大久保房松第7回1957年4月14日中山2600mトシワカ牡402:47.2古山良司久保田彦之第8回1958年4月13日中山2600mマサタカラ牡402:48.3伊藤竹男古賀嘉蔵第9回1959年4月12日中山2600mアヤノボル牡402:43.4梶与四松稲葉幸夫第10回1960年4月10日中山2600mカネチカラ牡402:45.9森安弘明阿部正太郎第11回1961年4月2日中山2600mホマレボシ牡402:45.1八木沢勝美稗田敏男第12回1962年3月25日中山2600mグランドタイム牡402:45.2伊藤竹男中野吉太郎第13回1963年3月31日中山2600mヤマノオー牡402:42.9古山良司内藤潔第14回1964年3月8日中山2600mキクノヒカリ牡402:48.3梶与四松稲葉秀男第15回1965年4月4日中山3200mミハルカス牡503:23.3菅原泰夫小西喜蔵第16回1966年3月27日中山3200mヤマドリ牡503:25.9森安弘明森末之助第17回1967年5月28日中山3200mコレヒデ牡503:24.5保田隆芳尾形藤吉第18回1968年3月31日中山3200mオノデンオー牡403:27.6沢峰次松山吉三郎第19回1969年3月30日中山3200mスピードシンボリ牡603:36.4野平祐二野平省三第20回1970年3月29日中山3200mダイシンボルガード牡403:27.1大崎昭一柴田寛第21回1971年3月28日中山3200mスピーデーワンダー牡503:21.8岡部幸雄富田六郎第22回1972年5月21日中山3200mバンライ牡403:23.5伊藤栄中村広第23回1973年4月1日中山3200mトーヨーアサヒ牡403:21.0小島太古山良司第24回1974年3月31日中山3200mゴールドロック牡403:25.2柴田政人稗田敏男第25回1975年3月30日中山3200mヒカルジンデン牡403:23.4柴田政人高松三太第26回1976年4月4日中山3200mフジノパーシア牡503:26.0大崎昭一柴田寛第27回1977年4月3日中山3200mトウショウロック牡603:24.2中島啓之阿部正太郎第28回1978年4月2日中山3200mトウフクセダン牡503:24.7宮田仁大久保末吉第29回1979年4月1日中山3200mスリージャイアンツ牡403:21.2小島太境勝太郎第30回1980年3月16日中山3200mプリテイキャスト牝503:23.1横山富雄石栗龍雄第31回1981年4月19日東京3200mピュアーシンボリ牡503:25.6柴田政人野平祐二第32回1982年4月25日東京3200mキョウエイプロミス牡503:19.4柴田政人高松邦男第33回1983年4月24日東京3200mタカラテンリュウ牡403:22.4嶋田功佐々木亜良第34回1984年1月16日中山3200mダイセキテイ牡503:21.8小林常泰藤原敏文第35回1985年1月15日中山3200mホッカイペガサス牡403:25.5柴田政人野平祐二第36回1986年1月15日中山3200mトレードマーク牡403:23.5菅野昭夫富田六郎第37回1987年1月31日東京3200mドルサスポート牡403:25.0岡部幸雄内藤一雄第38回1988年1月30日東京3200mダイナブリーズ牝503:23.1岡部幸雄高橋祥泰第39回1989年1月28日東京3200mスルーオダイナ牡503:21.9岡部幸雄矢野進第40回1990年1月27日東京3200mスルーオダイナ牡603:20.1岡部幸雄矢野進第41回1991年1月26日東京3200mノースシャトル?703:22.3田中勝春高橋祥泰第42回1992年2月3日東京3200mミスターシクレノン牡703:18.5柴田善臣小林稔第43回1993年1月30日東京3200mマチカネタンホイザ牡403:16.8岡部幸雄伊藤雄二第44回1994年1月31日東京3200mセンゴクシルバー牡503:19.7田中勝春河野通文第45回1995年1月28日東京3200mエアダブリン牡403:17.8岡部幸雄伊藤雄二第46回1996年1月27日東京3200mユウセンショウ牡403:18.4柴田善臣松元茂樹第47回1997年2月15日東京3200mユウセンショウ牡503:18.4O.ペリエ松元茂樹第48回1998年2月21日東京3200mユーセイトップラン牡503:17.6河内洋音無秀孝第49回1999年2月20日東京3200mタマモイナズマ牡503:19.7小原義之小原伊佐美第50回2000年2月13日東京3200mユーセイトップラン牡703:17.5後藤浩輝音無秀孝第51回2001年2月11日東京3200mイブキヤマノオー牡603:18.0O.ペリエ領家政蔵第52回2002年2月10日東京3200mキングザファクト牡503:19.8後藤浩輝谷潔第53回2003年2月16日中山3200mイングランディーレ牡403:23.7小林淳一清水美波第54回2004年2月15日東京3400mナムラサンクス牡503:31.9渡辺薫彦松永善晴第55回2005年2月13日東京3400mウイングランツ牡503:33.5松岡正海高市圭二第56回2006年2月12日東京3400mマッキーマックス牡603:30.3藤田伸二藤原英昭第57回2007年2月11日東京3400mトウカイトリック牡503:30.6C.ルメール松元省一第58回2008年2月17日東京3400mアドマイヤモナーク牡703:33.6安藤勝己松田博資第59回2009年2月15日東京3400mモンテクリスエス牡403:29.4北村宏司松田国英第60回2010年2月14日東京3400mフォゲッタブル牡403:32.6武豊池江泰郎第61回2011年2月19日東京3400mコスモメドウ牡403:31.9A.クラストゥス畠山重則第62回2012年2月18日東京3400mケイアイドウソジン牡603:36.8吉田豊田村康仁第63回2013年2月16日東京3400mアドマイヤラクティ牡503:31.9内田博幸梅田智之第64回2014年2月22日東京3400mフェイムゲーム牡403:30.2北村宏司宗像義忠第65回2015年2月21日東京3400mフェイムゲーム牡503:31.9北村宏司宗像義忠第66回2016年2月20日東京3400mトゥインクル牡503:37.8勝浦正樹牧田和弥第67回2017年2月18日東京3400mアルバート牡603:35.2R.ムーア堀宣行第68回2018年2月17日東京3400mフェイムゲーム?803:31.6C.ルメール宗像義忠第69回2019年2月16日東京3400mユーキャンスマイル牡403:31.5岩田康誠友道康夫第70回2020年2月22日東京3400mミライヘノツバサ牡703:31.2木幡巧也伊藤大士 ...
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Sapporo keibajyo

札幌競馬場の歩み・歴代優勝馬・コース情報・歴史

札幌競馬場の歴史 1883年 札幌区長は、中島に公園を設けることを要望し札幌県はこれを許可した。 1886年 中島遊園地が設置された。札幌県、函館県、根室県の3県が廃止され北海道が置かれたが、偕楽園内にあった札幌育種場競馬場は廃止され、競馬場は中島遊園地に移転された。 1887年 外国人の獣医師エドウィン・ダンが競馬場を設計し中島遊園地競馬場が完成した。1周は、950m、コース幅は14.5mの競馬場で左回り。馬場の一部は鴨々川にかかるため橋を架けた。 1905年 日本政府は馬匹の改良を促す目的で馬券を黙許することとなった。翌年・よく翌年と日本中に競馬会と競馬場が林立した。 1907年 馬券黙許される法人の規定として1マイル(1600m)のコース長をもつ競馬場が必要になった。 中島遊園地競馬場では大きさが足りず、札幌の北西にある子取川農場地にコース長1マイル、コース幅38mの競馬場を新設・移転することになった。 現在の札幌競馬場です。これによって中島遊園地競馬場は廃止されることになった。 1971年 旧メインスタンド竣工。 2014年 7月8日新スタンド竣工。 札幌競馬場のコース紹介 コースは右回り、芝、ダート、ともに起伏は設けられておらず、ほぼ平坦なつくりの馬場です。 コースは楕円形ではなく、ほぼ丸型に近くなっています。 芝コースの1周距離は1640.9mとローカル競馬場のなかでは標準以上の大きさがあるのに、4コーナーからゴール板までの距離266.1mは、短い。札幌競馬場の4つのコーナーは、すべて半径が大きく、緩やかで大きなカーブで構成されている。 コースの全長の中で、直線は短くコーナー部分が長くなっています。 ...
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Hanshin keibajyo

阪神競馬場の歴史 ・歴代優勝馬・コース情報・歴史

阪神競馬場の歴史 1907年関西競馬倶楽部によって開催された西浜の関西競馬倶楽部競馬場と鳴尾速歩競馬会によって開催された東浜の関西速歩競馬場がルーツ。(この2つの競馬場を総称し、鳴尾競馬場と呼んだ)馬券発売禁止時代この両倶楽部が合併し阪神競馬倶楽部となった。 1937年日本競馬会阪神競馬場と改称。 1943年海軍が軍用機の試験飛行を実施するための飛行場として競馬場用地の徴用応じ、この年の開催を最後に終了した。 日本競馬会では、独自に競馬場用地を取得する予算もなく仁川の旧川西航空機宝塚工場跡地の払下げを受けて西日本競馬振興会に競馬会側が協力し、まず同地に仮設の競馬場を建設し、それを競馬会側が賃借することで合意した。 1949年12月3日大回阪神競馬が開催された。阪神競馬場の人気は振るわなかった。 1955年日本中央競馬会設立。障害競走専用コースを設置 1959年スタンドの増築完成。1962年と1966年に再増築された。 1986年ターフビジョンの設置。 1991年11月20日スタンドの全面改築が完成。 1995年1月17日兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)で壊滅的被害を受ける。   1995年12月2日大震災から11月ぶりに競馬が再開された。 2009年12月5日ハイビジョン対応2面マルチターフビジョンで映像提供を開始した。 阪神競馬場のコース 芝コース 内回り ...
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Champions cup

チャンピオンズカップの歩み ・歴代優勝馬・コース情報・歴史

チャンピオンズカップの創設の経緯 日本では1970年代より世界に通用する強い馬作りが提唱され、1981年に芝2400mのジャパンカップが創設された。 その後1995年より中央競馬と地方競馬の交流が飛躍的に拡大されるようになると、所属を超えたダートの重賞レースが注目されるようになり、ジャパンカップと並ぶダートの国際競争を開催しようという気運が高まり、2000年に日本初のダート国際招待競走ジャパンカップダートが東京競馬場のダート2100mで創設された。 ジャパンカップダートは2007年までジャパンカップの前日に開催されていたが、2008年から開催時期を繰り下げ、阪神競馬場の1800mに変更された。 2014年から中京競馬場の1800mダートに変更され名称もチャンピオンズカップに変更され、国際招待性も廃止され関係者の遠征にかかる諸費用をJRAが負担しない国際競争となった。 出走条件(出走可能頭数16頭) ・サラ系3歳以上 ・JRA所属馬 ・地方競馬所属馬(JRA選定馬のみ) ・外国調教馬(最大8頭まで) ・負担重量 定量(3歳56kg、開催日が12月1日以前の場合55kg)4歳以上57kg、牝馬2kg減 チャンピオンズカップの優先出走権を与えられる条件 ・出馬投票を行っている外国調教馬 ・レーティング上位の5頭 ・当該年に行われる以下の競走のいずれかで1着となった馬 ...
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Kikkasyo

菊花賞の歴史・京都競馬場の重賞レースとは

菊花賞 重賞三冠競走の皐月賞は最も速い馬が勝つ、日本ダービーは最も運のある馬が勝つ、菊花賞は最も強い馬が勝つといわれています。 出走資格馬は3歳牡馬・牝馬でせん馬(去勢馬)は出走できません。 レース出走条件(出走可能頭数 18頭) ・サラ系3歳牡馬・牝馬 ・JRA所属馬(外国産馬含む、未勝利馬・未出走馬除く) ・地方競走馬 ・負担重量(牡馬57kg、牝馬55kg) 第1回、第2回は牡馬55kg、牝馬53kg、第3回~第6回は牡馬57kg、牝馬55.5kg 菊花賞の賞金 1着 1億2000万円 2着 4800万円 3着 3000万円 4着 1800万円 5着1200万円  ...
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Kyoto keibajyo

京都競馬場の歩み・歴代優勝馬・コース情報・歴史

京都競馬場の歴史 1925年京都市伏見区淀に京都競馬場を移転 1936年鉄筋コンクリート製の収容人数25000名を誇る大スタンドが竣工。芝外回りコース新設。 1943年金属回収令により、大スタンドの屋根を撤去。 1959年大スタンドの屋根を復旧。 1970年栗東トレーニングセンター開設に伴い厩舎が競馬場から移転。 1971年ダートコース新設。 1979年~1980年スタンド改築工事のためレースは他の競馬場へ振替。 1990年第2コーナーのポケットを約200m延伸 1999年新スタンドビッグスワンが完成 2009年NO.2ゲートの工事完了し、名称をステーションゲートととし、NO.1ゲートをシンザンゲートとする。 2019年京都競馬場は2025年に開設100周年を迎える、その記念事業の一環でスタンド等の改修で2020年11月から2023年3月まで京都競馬場の開催が休止。 *シンザンゲ-トには、日本競馬史上2頭目の三冠馬シンザンの銅像が蹄鉄とともに飾られている。シンザンは京都競馬場の武田厩舎所属であった。 *1995年京都競馬場で代替開催された宝塚記念で大怪我をしその後、馬場で命を落としたライスシャワーの碑が馬頭観音の隣にある。 京都競馬場のコース ...
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